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2013年6月18日火曜日

書評『すごい畑のすごい土 無農薬・無肥料・自然栽培の生態学 (幻冬舎新書)』

映画『奇跡のりんご』の公開に刺激され、さまざまな方たちが木村秋則さんの自然栽培、とくにりんご栽培や生産物の安全性などについて、さまざまな議論を提出しています。

わたしもtogetterで、焼き畑農業研究者からみた木村秋則さんの農業についてというものをすでにまとめたものがあるので、興味があるかたはごらんください。

さて、いろいろ見ていきますと、数年前話題になった時には気づかなかったりんご農家によるコメントなども発見し、大変興味深いものもありました。とくに工藤りんご園話題の“無農薬りんご”についてに掲載されている、放置園のりんご写真は非常に興味深いもので、なんらかの地形条件・水条件さえ整っていたら真に無農薬・無施肥でも「商品にならないようなりんご」ならば十分に再現可能であるという重要な例だと思います。

しかし工藤さんは木村さんの書籍を十分に読んでいないのか、重要な点を見落としているように思えます。

それは木村さんは最初の10年間ほどりんごの無農薬・有機栽培を試みており、堆肥などを施肥していたということです。もちろんここでいう無農薬とは、木村さんの表現であり、食品(焼酎、にんにくなど)の農薬転用を試みていたということです。また大豆などをまき、緑肥にしようとしていたことも書かれているので、使用している農薬の種類をのぞけば、かなり畑に対して通常の農業に近い試みをしていたと言えるでしょう。また無農薬に転換する直前、年一回だけで薬を散布する減農薬を実践していたことも明記しています。このことは放置園のりんごとはまったく条件が異なっています。

つまり、10年くらいろくに花も咲かなかったというのは、「いろいろな試行錯誤をふくめた畑への介入」+「初期農薬の不使用」の賜物ということになります。おそらく30年以上前、当時は放置園というものがほぼなく、「ほっとけばろくでもない実がなる」という観察がなかったゆえの結果でありましょう。

(まあよくいえば。これ自体が堆肥等の有機肥料との差別化のためのモノガタリなのではないか、という疑いは晴れません)

しかし無農薬でりんごが作れるとして、商品価値を持ち、それなりに量を生産するにはなんらかの技術があり、そのための農学的な裏付けがあるはずです。そこで今年発売された以下の本を読んで見ることにしました。
著者の杉山氏はここ10年木村さんの畑の調査をされているそうで、奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)でもコメントをしていまた。

すでにツイッターでコメントしているのでもう一度書くのも気が引けますが、見事に肩をすかされました。木村さんの農園についての新規の情報がわずかしかないので、800円がもったいないです。10年でこれかいな。という気がします。

にもかかわらず「自然栽培」が素晴らしい農業であると主張するために、調べたらわかることさえ示さずに推論の限りをしています。

もしかしたら幻冬舎の小出し商法なのかもしれず、非常に癪なので、この『すごい畑のすごい土』に書かれてあった具体的な情報と、おそらく将来出てくるであろう情報を推測して、私見ながら現時点で明らかなことと、明らかにすべきことを書いておきます。

『すごい畑のすごい土』であきらかになったこと

  • 木村さんのりんご園内の昆虫の種数が、よそのりんご園より多い(統計処理なし)
  • 木村さんのりんご園の下生えの種数が、よそのりんご園の倍(統計処理なし)
  • 木村さんのりんご園の窒素含有量は、よそのりんご園より多い(統計勝利なし)
  • 木村さんのりんご園の土壌中の微生物料は、よそのりんご園より多い(統計処理なし)
  • 木村さんのりんご園のりんごの葉は、病害や虫害にあっても穴が開くだけで落葉することケースが少ない
統計処理がなというのは、どういったサンプリングをしたのかという記述がない上に、経年変化についての情報がないということです。

推論がされたところ

  • 土壌中の微生物が多いので、窒素が植物に使用されやすい形にされやすいだろうから、収量が落ちない
  • 無農薬だと植物本来の抵抗性が高まって病気になりにくいだろう
  • 多様な下生えという環境によって昆虫の多様性が高まっただろうから、害虫と益虫のバランスが収穫に適するレベルで保たれているのだろう
  • この平衡状態のためには慣行栽培や有機栽培ではなく木村式の自然栽培が適しているのだろう
いろいろ残念ですねえ。本文中に植物栽培には窒素リン酸カリが必要です、と言っておきながら、無施肥で営農が可能である理由として多少なりとも明らかにしたのは窒素だけというのは非常に中途半端です。しかも、多い理由を証明するのではなく、推測で済ませていますし、窒素が多くても他の農園より小ぶりで甘さが控えめな理由もコメントしません。十年調査しているのだとしたらなおさら、なんらかの方法で検証する必要があると思います。

まあわたしなら土壌分析はするし、鳥類の糞によるリン酸・カリウムの供給を計測するか、少なくともその代替指標として、鳥の訪問数と滞在時間を計測し、昆虫の種数との関係を指摘しようと思います。たとえ相関が得られなくても有益な情報だと思います。

また杉山氏は、虫と雑草の種数の多さを代替指標とすることで、生物間相互作用の豊かさであるとし、ハダニなどの害虫の被害が抑制されたことを主張しようとしていますが、全く説得的ではありません。きちんと計測して、どのような水準で平衡状態にあるのかを示さない限り、推測できると言われても納得できるものではありません。 病気についていえば、散布している希釈酢とワサビ資材の影響を検証せず、なんとかなっているとか書かれていてもどうしようもありません。なにかを調べた痕跡もなく推測されても、評価を下げるだけです。

そしてですが、そもそも木村さんの農場がどのような環境なのかよくわかりません。谷筋にあるのか、尾根にあるのか、平坦なのか、気温・湿度・地下水・降水量の年間推移といった基本中の基本がないまま素晴らしい、とか言われても何が指標になり得るのかよくわからないのです。

 木村さんの自然栽培はお弟子さんが再現している、あるいはりんご以外の作物がつくれているから再現性のある農法だ、という主張をする前に、大学の農場なり、放置農場を借り受けて再現実験なりをするのが科学者としての勤めではないか?そのように強く思い、移動のおともにと買った本書は実家に放置してきました。

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